「〜したい」を「〜すべき」で隠すより、
「〜したい」を「〜すべき」で実現する
人間の本能「〜したい」という感情は、生き残ってきた遺伝子が語る情報。急速な社会変化に対応できないことはあるかもしれないが、生き残る上で適していないことは少ない。
論理と感情は反対に捉えられるが、論理も感情も生き残るためにある道具という点では同じはず。論理は社会的な活動のためのより客観的な道具で、感情はより個人的な欲を満たすための道具であるというだけで。
社会は、価値の交換で支え合う。だから、自分の感情ばかり満たせるようにはできていない。だからといって、自分の感情を隠すことは自分の幸せにつながりにくい。
人のために自分のやりたいことを隠すより、「自分がやりたいこと」を「他人のためになる形で実現すること」が理想の形だと思う。